西瓜の赤い色は…

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 …………まあ、大勢の人がいる前じゃ悪さもできないか……。  早足に去って行く彼を見送りながら、そう思い直してみる僕だったが、段々と時が経つにつれ、じわじわと罪悪感とも不安感ともいえる、なんだか居心地の悪い感情が心の中で広がってゆく。 「店長ーっ! ちょっと夏祭りの用事頼まれたんで店番お願いしまーす!」  気がつくと、僕は店の奥に向かってそんな言い訳を叫び、スイカ割り大会をしている広場に向かって駆け出していた。 「ああん? ……お、おい! んなこと、俺にゃできねえぞーっ!」  背後でそんな店長代理の濁声が聞こえたが、そんなものこの際無視である。時を置かずして、それほど離れてはいない広場に僕は到着した。  商店街の真ん中に位置するその広場には、赤い提灯で飾られた盆踊り用の櫓が立てられ、それを囲むようにしてそれなりの人だかりができている。  中には艶やかな浴衣を着た若い女性や、今しがた掬ったであろう金魚と水の入ったビニール袋を提げる、まさに夏祭り然りとした子供の姿なんかも見られる。  その人だかりを掻き分けるように進んで行くと、ビニールシートを地面に敷いただけのスイカ割り大会のブースがあった。  そこでは、目隠しをした男性が木刀を振り上げ、地面に置いたスイカを今まさにかち割らんとしている。  裸電球の黄ばんだ光に照らされる、まるで大静脈のように禍々しい色をした黒い文様の浮かぶ巨大な球体……。  そのかち割らんとしているものは、見紛うことなくあのスイカだ。  囲む聴衆は細かく割られたスイカにむさぼりついていて、どうやらもう一玉の方はすでに割られてしまったらしい。つまりは、アレが最後のスイカとなるわけだ。 「パパーっ、がんばってーっ!」 「違う! 違う! もっと右だって! もっと右!」  その最後となるスイカ割りの挑戦者は若い父親らしく、幼い女の子やその母親らしき女性がそんな声を張り上げる中、彼は木刀を頭上高く構えながら、その声に従って次第にあのスイカへと近づいてゆく。 「そう! そこよ! そのまま振り下ろして!」 「えいっ!」  そして、湧き立つ歓声の中、奥さんの指図通りに彼の木刀は、絶妙な位置でスイカ目がけて一気に振り下ろされる。
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