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その頃、僕は住んでいた下宿の近くにある青果店でアルバイトをしていた。
その青果店というのはちょっと変わった店で……いや、見た目も売ってるものもごくごく普通の八百屋なのであるが、オーナーはなぜかユーゴスラビア人という、その下町情緒漂う八百屋の店構えに相反して、ぢつはいわゆる外資系のお店だったりした。
とはいえ、そこで働いている間、僕はそのオーナーという人物に一度も会ったことがない。
店は不在のオーナーになり代わり、店長代理を任されたという背の曲がった怪しげな日本人の中年男が仕切っていた。
仕切るといっても、彼はお金の管理と仕入れをする以外は昼間から店の奥でごろごろとしているだけで、開店中の店番は僕や他のバイト達がすべてやっていたのだが……。
ただ、一度だけオーナーらしき人物の人影を見かけたことがある。
あれは何かの用事で、深夜、店の前を通りかかった時のことだ。となりの建物との狭い隙間にある裏口から、それらしきスーツ姿の人物が店に入っていくのを見かけたのである。
となりとの隙間は、街灯の明かりもほとんど届かぬ真っ暗闇であったが、その日本人離れした大柄のシルエットからして、たぶん、その男性がユーゴスラビア人のオーナーだったのだと思う。
ある時、店長代理の男にオーナーが店に来ることはないのか? と聞いてみたところ、夜にだけ、たまに訪れることがあると言っていたから、おそらくは間違いないだろう。
さて、そんな謎めいたオーナーのことはともかくとして、ギラギラと真夏の太陽が照りつける中、庇が涼しげな影を作る青果店の軒先には、大きくて瑞々しいスイカがいくつも並んでいた。
僕は、その緑に黒い縞模様の球体が並ぶ棚の方へと、なんとはなしについつい視線を向けてしまう。
表現がよくないが、なんだか刑場に並べられた晒し首のようにも見える人頭大のスイカの一番端に、一際大きなものが一つ、その外見とは裏腹にあまり人目につかないようひっそりと置かれている。
大きいし、もう充分に熟れて食べ頃だと思うのだが、僕はそれをあまりお客さんに薦めようとは思わない。
と言っても、別に僕が意地悪なわけでも、それを後で自分が食べようなどと姑息なことを考えているわけでもない……。
そのスイカは、どうにも変なのだ。
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