さよならライラック

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「そんなんなら、分からなくてもいいや」 僕は氷が溶けて薄くなったアイスコーヒーを啜った。ふと、池園がここの彼氏と付き合っていた頃、彼氏がコーヒー通だからとブラックコーヒーばかり飲んでいたことを思い出した。本当は砂糖とミルクを大量に入れないと飲めないくせに無理してわかろうとしていた。僕の前ではブラックを飲んでは大いに顔を歪めていたけれど、彼氏の前では上手くやって砂糖とミルクの悪口を言い合っていたらしい。彼女の胸は砂糖とミルクに対する罪悪感で痛んだことだろう。そうだ、そんな風に無理に分かろうとする必要などないのだ。恋愛だってそうに決まっていた。 「えー? だいたい、なんでみっちゃんは彼女つくらないかなあ」 ぶう、と唇を尖らせた彼女は大きな瞳を瞬かせて首をかしげた。もう涙も尽きたからか、話題が逸れたからかその瞳はもう濡れていない。そのことに少しほっとする。 「池園が毎度毎度付き合っては別れ泣く姿みてたら面倒そうだしいいやともなるよ」 「私のせいなの!? 確かに上手くいかないこと多いよ? けど、付き合ってる最中は幸せだし、楽しいし満たされるよ? いいものだよ、恋愛って」 「それを不倫して別れた池園がいっても説得力ゼロなんだけど」 「それは……そうかもだけど」 池園が悩むように俯いて、黒いセミロングの髪がさらりと揺れた。池園の髪は彼氏好みのものに変わるから、その分コロコロと変わる。件の不倫男は確か黒髪ロングが好きだったから伸ばしている途中だったはずだ。ワカメを食べて頑張っていたのに、結局伸ばしきる前に終わってしまったのだ。大学に入ってからは茶色の頻度が多かったから、随分久しぶりに池園の黒い髪見たような気がする。自然なようでいて、茶色の上から塗り重ねた色。だからなのか、地毛は黒なのになんだか噛み合っていないような、妙なよそよそしささえ感じる色だ。高校の時、今くらいの長さの黒い髪をさらさらと揺らしていた時は似合っていたけれど。
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