さよならライラック

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「あーあ、新しい恋したいなあ」 たっぷり砂糖とミルクが入った飲みかけの薄茶色のコーヒーをぐるぐるとかき混ぜながら池園はそうぼやいた。僕に恋愛の良さを分からせるのは諦めたらしい。 「本当懲りないな」 僕も手持ち無沙汰にコーヒーをぐるぐるとかき混ぜる。すっかり小さくなった氷が抵抗するみたいにこつこつと音を立てる。その音を遮るように、 池園はだってさあ、と溜息を吐いた。 「好きな人がいないと不安なんだもん。誰かを好きになりたいし、好きになってほしい。みっちゃんは、本当にそういうのないの?」 「……ないよ。思ったこともない」 「信じらんない」 僕たちは絶望的なまでに価値観が合わなかった。価値観の違いなんて別れる時の常套句だ。だからなのか、そういう感情が湧かないのか、恋多き彼女は僕に何かを仕掛けたことが一度もなかった。 ぐるぐるとコーヒーをかき混ぜる。だからどうというわけではない。別に仕掛けられたって困るだけだ。このままの関係がちょうど良い。 「ねえみっちゃん」 ふと、ぼんやりしたようすの彼女が僕をじいっと見つめた。軽く頬を染めて、僕を射抜く。 「もしかしたら呆れられるかもしれないけど聞いてくれない?」 彼女がそうっと顔を近づけてくる。こんなに彼女の顔が近くにあるのは初めてで、心臓が妙な動きで跳ねた。僕は半ば無意識にコーヒーをかき混ぜ続ける。 彼女の顔が耳元に近づいて、吐息が耳殻を撫でた。
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