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怪訝な顔をしながら体を起こす。
突然何の話だろう。昔? 昔ってどれくらい?
「カティアがいなくなった頃の話だ」
「…それが何」
またカティア。ムカつく。こんな時にでも兄さんは過去に囚われているんだ。
「カティアがいなくなって、俺は悲しくてたまらなかった。「悲しい」という感情を初めて知った。どうすればいいのか分からなくて、気持ちを持て余していた。だが、周りは俺の感情の機微など分からなかった。自分でも感情表現というのか…何かが欠落していたことは知っていたが、幼心にその事実にもショックを受けたな」
「…へー。何、カティアは分かってくれてたって話?」
「いや、カティアが分かってたかどうかは知らない」
「…?」
「ただ、そのとき俺が悲しんでいることを分かって、手を握って…」
兄さんが俺の右手を包み込むように握る。
ビクリ、と体が強ばった。
「ロディーノ…お前は、「俺たちは家族だ」と言った。だから、悲しいことは分かち合えるし、嬉しいことは一緒に喜べる、と」
体が動かない。
兄さんから、目が離せない。
「お前は俺に「家族」を教えてくれた特別な存在だ。その時から俺は、お前のことをかけがえのない大切な弟だと思っている。守りたいと、本気で」
「…兄、さん…」
「お前が俺を恋愛感情的な意味で見ていたことは知らなかった。気づいてやれなくてすまなかった。辛い思いをさせただろう。……だが、ロディーノ、」
兄さんの目は優しい。
言葉をひとつひとつ、丁寧に選んでいることも分かる。
「お前と同じ気持ちを返してやることはできない。俺にとってお前は大切な家族だ。そこに恋愛感情は芽生えない…」
「…」
「ここで俺のことを組み敷いても、心は動かされない。だが、それでもそうしたいと言うのなら…そうだな、好きにするといい」
「…」
俺は…
俺が、兄さんに、望むことは、
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