レンブラントの門出

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 式を終え、校門の前で立ち尽くす。早くここから出てしまえばいいのに、できない。あれほど愚かだと笑っていたのに、私もこの三年間に囚われてしまった。彼女と過ごした三年間に。あの門を通り抜ければ、本当に彼女との別れになる。ただ歩くだけなのに、足が踏み出すことを忘れてしまった。  あたりは別れを惜しむ人で埋め尽くされている。泣きながら抱きあう少女達の真ん中で、私はただ、立っていることしか出来なかった。  ここに戻ってくることは、ない。二度とない。過ぎた時間は、もう二度と得ることのない時間だったのだ。私はそんなことに今更気が付いた。  この先、彼女と今以上の関係になることはないだろう。いやむしろ、彼女の中では、私は青春の一コマに時折移りこむ人影でしかなくなる。そうやって私の存在は次第に薄れ、そして消えてゆく。それでいい。それがよい結末だ。  いつまでも同じでいられるほど、人は強くない。彼女がいつ、私の恋い焦がれた美しさを失ってしまうかなどわからない。そして私が抱いた想いが、いつまで生きているかさえも、わからない。  いずれ彼女への想いが消え去ってしまうのなら、このまま彼女の時を止めてしまおう。彼女が変わってしまった時のために。そして今を永遠にしてしまえば、彼女を心の中だけの存在にしてしまえば、私に残るのは彼女への思慕の念だけだ。それもきっと、いつかは終わってゆく。私はそれでいいと思っていた筈だ。私は私が愛したままの彼女を抱え、生きてゆく。彼女は私の想いを知らないまま、生きてゆく。それでいいと、思っている筈なのに。  人混みの合間に、彼女を見つけた。  笑っている。友人に向かって手を振っていた。  もう二度と、見られない笑顔。  なんて綺麗なの。私は彼女の笑顔ほど美しいものを知らない。  キラキラと眩しい太陽の光も、静かでほのかな月の光も、彼女には敵わない。  どんなに軽やかなピアノの旋律も、風雅なバイオリンの響きも、彼女には敵わない。  気高いバラの香りも、甘い百合の香りも、彼女には敵わない。  彼女以上の存在を私は知らない。  これから先、私は彼女のいない世界で生きていかねばならないのだ。私の最上の幸福は、もう得ることはない。耐えられない。彼女のいない世界など。  彼女は歩き出した。前だけをみて、ゆっくりと。
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