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相手が一言も発していない状況に俺は激昂した。
「何でコイツは話さねぇんだよ!」
そう言った時、少しだけ字を書く力が強くなったように感じた。
「相手の方は耳が聞こえないそうです」
その一言で、高ぶっていた気持ちが急激に冷めていった。
俺以外にも苦しみを抱えて生きている人がいるのだと気づいたら途端に自分の振る舞いが酷くみっともなく思えた。
ただ、自分のちっぽけなプライドがそれでも傲慢な態度を取らせた。
「だ、だからなんだって言うんだよ!」
「だいたいどんなツラしてるヤツかも分かんないし......」
ガリッという強い力で文字が何か書かれた後、突然相手は俺の手を掴んで何かに触れさせた。
恐る恐る確かめるように触ると、それは顔だった。
「こんなツラです」
「気に入らなければどうぞ気が済むまで殴ってください」
この言葉と行動で俺はすっかりビビっていた。
そして同じだけ自分を恥じていた。
「別にいいよ!そんなに大したことねぇから......」
「そんなマジじゃねぇし......」
帰り際に、ひとつ聞いておかなければいけないことを思い出した。
「えっと......名前......は?」
「俺は鴫澤明彦」
俺の言葉の後にサラサラと書く音が聞こえた。
そして、その人の名前を知ることが出来た。
「僕は高宮馨です」
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