ペチュニアの咲くころに

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 「エルがいってた、カルはきおくがないの?」  カルの隣に、リリも座り込む。あたりはまだ明るく、普段地下で生活する彼らにとって、貴重な太陽が輝いている。    その質問に、カルは答えを迷った。カル自身、それは蓋をしたいことで、何より、聞かれても、分からないことが分からないのが惨状だ。  「・・・・・・わからない。私は、記憶がないのか、それとも、ずっと、存在していなかったのか」  カルの難しい返答にリリは首を傾げた。    「そんざい?してるよ、カルはここにそんざいしてる。・・・・・・ぼく、いままであんまりひととはなしてこなくて、だから、あんまりことばしらなくて・・・・・・」  自分の無知を恥じるように、言葉を濁すリリの様子を見たカルは、少しだけ口角を上げ、目を細めた。その一瞬の儚い表情に、リリは目を丸くした。  「あ、そうだ。レオナルド。カルもあいつのとこにいたんだってきいた。それもおぼえてないの?」  リリは必死に話題を絞り出して、レオナルドの名前を出した。覚えていない、と答えることを予想したが、その予想は外れ、カルは苦しそうな顔を見せた。  「カル?」  「わからない。わからないのに、その名前は、すごく怖い」  カルの肩が震えていることに気が付いた。リリ自身、レオナルドに恐怖を感じる。ノーマンのもとへ来て、ほとんど合わなくなったが、年に数回、”点検”と言う名目で、レオナルドのもとへ行く。リリはその日が嫌いでしょうがなかった。そのたび、過去に味わった苦しみを思い出し、パニックを起こす。そして思い知らされる。心が支配されていることを。  リリは、記憶はなくとも、心を支配されている、と言う点では、同じだと、シンパシーを感じた。  「そっか。ぼくも、あいつが、こわい」  同じ部屋で生活する、誰にも言えなかったことをリリはつぶやいた。
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