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「盗聴は止めさせる。機械もすぐに外すから警察には……」
後ろ首を掴まれて強引に捻じられた。顔を突き合わせることは叶ったが、睨み一つで人を殺傷するんじゃなかろうかって鋭い目を向けられ、後の言葉は続かなかった。
「訴えないでほしい?」
問われて、俺は頷くほかなかった。
説得は難しそうに見えた順平が「いいよ」と言う。拘束が解け、俺はふらふらと後ろに一、ニ歩下がった。
「え……?」
「今回は見逃してあげる。その代わり……」
カウンターから離れてまっすぐ立った順平は、俺ではなく何も映さない黒い窓をじっと見つめている。猛獣のような危険な目ではなく、何を考えているか分からない虚ろな目だった。
「ストーカーの事と俺の仕事の事、今後一切口を出さないって約束をして。そうしたら盗聴器は無かった事にしてあげる」
順平の思惑に気が付き、目の前が真っ暗になった。
盗聴器は順平の切り札だったに違いない。俺の口を封じ、絶対服従させるための格好のネタだ。それをこのタイミングで使うのか……。
「……そこまでして仕事の事に踏み込んでほしくないのか?」
にわかには理解できなかった。俺は順平の全てを知りたいわけじゃない。何でも話し合える、信頼し合える関係でいたいだけだ。
順平は俺の方を見ないまま、迷いのない様子で「うん」と答える。順平好みの艶めかしい台詞に言い換えた所で、俺の想いは届きそうになかった。
俺と順平の間に深い断崖があるようだった。姿が見えるのに近付けない、声が届くのに心は通わない、越えることの許されない隔たり。
―――いつからこんな状態だったんだろう。
今までで一番、順平が遠くに感じる。
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