Sequence 13

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「挨拶が遅れてすみません。3DIAの朝生と申します。宜しくお願いします」  エントランスのど真ん中で簡単に名刺交換を済ませ、桜木谷の案内でエレベーターに乗った。 「入社からずっと広報部におりますが、新卒者向けセミナーの映像制作に関わるのは今回が初めてでして。お忙しいなか阿南さんには色々と教えていただき助かっております」  百貨店のエレベーターガールのように操作ボタンの前にまっすぐ立った桜木谷が柔らかい声で話す。この人の周りだけ時間の流れる早さが違うかのようにおっとりしていた。艶のある黒髪を後ろで綺麗に纏めていて、スーツより和装の方が似合いそうだ。 「こちらの我儘で撮影機材を決めてしまったばかりに皆さんにはご迷惑をおかけしまい本当に申し訳ございません」  三人だけのボックスで、桜木谷が再び頭を下げる。  改まって謝罪されると、俺じゃなくても「気にしなくていいですよ」と許してしまうだろう。しかし阿南は「まったくです。なんだってあんな使いにくい機材ばかりを用意するのか。金の無駄です」と容赦がなかった。 「申し訳ございません……」  桜木谷がしゅんと肩を窄める。心なしか瞳が潤んでいるようにも見える。 「阿南」  すかさず咎めると、阿南は「失言でした。スミマセン」と口先だけで謝った。温厚な阿南がここまで不機嫌さを露わにするのは珍しい。  15階でエレベーターが止まった。桜木谷の先導でカーペット敷きの廊下を歩き出てすぐ、阿南が肩を寄せて耳打ちしてきた。 「何も知らない振りをしていますけど、彼女は以前までマスコミや株主向けのプロモーションビデオの制作に関わっていたようです。撮影の現場には慣れてますよ」 「へえ。良かったじゃん、ど素人じゃなくて」  機嫌の悪い阿南に横目で睨まれた。
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