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疑問を投げながら亜沙利の目は鯨津ではなく万知をロックオンしていた。俺の腰に巻き付く万知の手を引き剥がし、ふくよかな腰を掴みにかかる。
「やだ! やだ! 朝生さん、助けて!」
亜沙利が腰を低くし、万知の腰をしっかりホールドしているから助け出すのは無理だ。
厚みのある柔らかい肉を胸一杯に抱きこんだ亜沙利はご満悦だった。万知の感触と反応が愛猫に似ているから気に入っているらしい。当の万知は、亜沙利の何を考えているか分からない狐目が嫌いなようで、顔を真っ青にして抵抗している。ミニブタが手足をバタバタさせていて可愛い。
そんな犬も食わないような茶番劇を見せつけられながら、鯨津は果敢に「白とか」と意見を出してくる。
「白は逆に目立ち過ぎるよ。Bスタジオのソファがオフホワイトだから別の色にして」
「あの椅子を用意したのはクライアントです。勝手はできません」
「原状回復できるようにすればいいじゃん。そのために鯨津がいるんだろ?」
「ぐっ……」
鯨津が悔しそうに顔を歪める。その間も亜沙利は万知の背中に頬ずりしていて鯨津の方を見ようとしない。
「分かりました! やればいいんでしょ、やれば!」
「おう。頼むな」
啖呵を切りながら鯨津は勢いよく背中を向けた。
おいおい、俺の前で火種を増やすなよ。
「待て、鯨津。影山さんを知らないか?」
見て見ぬ振りができずに引き留めた。鯨津は肩越しに振り返り、鋭い目を向けてくる。
「知りませんよ。見ての通り、こっちは当日ぶっつけの準備でバタバタしているんです。監督の所在なら朝生さんとこのアシスタントが把握しているんじゃないですか?」
「そうだな。悪い……」
鯨津は「ふん」と鼻息を荒くして歩き出す。あれは当分機嫌が直りそうにない。
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