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「俺はさっき入ったばかりだぞ。これはどういう状況だ。お前ら現場をほったらかして今までどこで何をしてた?」
「それは後で説明しますから、今は急いで下さい」
三浦が眉間に皺を寄せた。俺はそれを眼鏡のレンズ越しに睨み上げる。
「混乱した現場をそのままにして離れられるか。タイムスケジュールはどうなってる。カメラテストとリハーサルは何時に始めるつもりだ、言ってみろ!」
一段と声を荒らげると、三浦だけでなく居合わせたスタッフ全員が動きを止めた。
三浦の瞳が揺らぎ、視線を外す。黙りこみ、叱られても仕方がない、反論できないって情けない顔で俯いた。
「あーもー、見てられない!」
張り詰めた空気を七瀬の声が吹き飛ばした。
俺の背中を両手でぐいぐい押し、「早く行って」と言う。
「影山さんが来ないと進まないじゃん。朝生さん、早く呼んできて。こっちの準備は私が進めておくから」
顰めっ面のままだが、目を見れば吹っ切れていると分かる。
「さっすが七瀬。頼りになるな」
「白々しい。始めからそのつもりだったくせに」
七瀬は小さく舌打ちをする。でも俺が頭をクシャクシャに撫でても嫌がらなかった。生意気だけど頼りになるのは本当だ。
「阿南、時間だぞ」
「はい!」
阿南はリュック型のカメラバックを抱えて走り出した。バタバタしながら別れ際にはちゃんと桜木谷に断りを入れる。律儀な奴。
「朝生さんも早く行く!」
テキパキ動き出した七瀬に指示された。生意気な年下にはイラッとするが、年下に動かされるのは嫌いじゃない。
「七瀬、お前ならディレクターになれるよ。どうだ?」
「冗談じゃない! 照明技師なめんなっ!」
そんな他愛ないふざけ合いもスタッフを団結させるきっかけになればいいと思う。
呆けた顔をしている三浦の肩を叩き、「ここはもう大丈夫だ。行くぞ」と促した。
混乱の原因をつくった影山に、一秒でも早く怒りの鉄槌を食らわせなければ気が済まない。
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