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微妙な反応、物分りの良さ、引き際の良さ、理由を求めない。順平ははじめから俺の返答に期待を持っていない。
「少しだけ時間いい?」
「今か?」
「うん。だっていつ帰ってくるか分からないでしょ?」
淡々と言われたのがショックだった。部下達から同情の視線を向けられているのを感じる。
「じゃあ、場所を変えるか?」
辺りを見渡す俺に、順平は「ここでいいよ」と言う。儚げな笑顔から順平の考えが聞こえてくる。忙しいでしょ? 時間が勿体ないでしょ? 仕事の邪魔はしないよーーー。そんな気遣いが今の俺には辛いのだと知りもしないで。
「瑠珂さん、俺達先に……」
阿南が気を利かせて車に乗り込もうとしたのと、順平が口を開いたのは、どちらが早かっただろうか。
「来週、旅立つことにした」
ほんの数秒、周りの音が消えた。空調の耳障りな機械音も、車のやけに威圧的な走行音も、ざわざとした胸の音も、聞こえなくなった。
「瑠珂?」
順平に呼び掛けられて音が戻った。ドクドクと心臓が早鐘を打ち、たった一瞬の出来事に冷や汗をかいていた。
「……出張が早まったのか?」
何食わぬ顔でサラリと言うから、いつもと同じだと思うようにした。「これから出張」、「来週にはまた旅立つよ」、「予定より出発が早まっちゃった」ーーー。そんなのいつもの事じゃないか。
「違うよ」
順平は残酷なほどアッサリ、俺の考えを否定した。
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