1126人が本棚に入れています
本棚に追加
/526ページ
「有給休暇が溜まっていてね。総務に休みを取れって怒られるんだ。本社にいても大した仕事をしていないから肩身が狭いし、こっちでの俺の役目は終わったから、この機会に少し羽を伸ばそうかと思って」
「……。どこに行くんだ?」
「南の島」
南の島……?
なんてアバウトな言い方だろう。東京より南緯の島がいったいいくつ有ると思っているんだ。
行き先が重要では無いとすぐに思い至った。順平が休暇を求める場所は、ココではないということだ。
「日程は? いつ帰ってくる?」
不安を悟られないよう気丈に質問を重ねた。
順平が一人でフラリと旅に出るのは昔からだ。学生の頃は毎月のようにアジア諸国に出掛けていて、居所が分からなくなったり、音信不通になったり、変な土産物が増えたり、なんてのはしょっちゅうだった。
「うーん……」
順平は腕を組んで考え込む。困ったような顔をしていた。
なんで……?
嫌な予感というのは本当によく当たる。パターンの確率でいうと数十分の一だと思うのだが、どうしてだろう。結局は自分にとって都合が良いか悪いか、この2つに1つなのかもしれない。
順平が曇りのない明るい表情しているから、俺は黙って順平の気持ちや考えが語られるのを待つしかない。
「可能な限り向こうに滞在するつもりでいる。たぶん有給休暇を使い切る前にパリに戻ると思う」
次はいつ帰るか分からない―――。
その言葉は今まで何度も聞いた筈なのに、足元から崩れるような焦燥感を覚えたのは初めてだった。
最初のコメントを投稿しよう!