Sequence 14

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 恋人が帰国して35日目。今日、再び出国する。 ***  夜通し降り続いた雨が上がり、雲の隙間から澄みきった青空が見えた。秋晴れの爽やかな朝だ。  海から流れて来る風は冷たく、半袖シャツ一枚では耐えられそうにない。スクーターのトランクスペースに入れっぱなしにしていたウインドブレーカーを久々に広げて羽織った。  駅から大量放出されるサラリーマンやOL達の流れに逆らい、家路を急ぐ。  自宅の周辺は、霊巌島とか江戸中島とかこんにゃく島とか古い名前をいくつも持つ下町であり、日の出とともに運送トラックが走り回る。人や車の交通量が増え始めた大通りから脇道に逸れ、マンションに到着した。  2週間前まで葉が伸び放題だった正面出入口の植栽はキレイに剪定されていた。足早にエントランスに入ると、受付に立つ真っ黒なスーツに身を包んだ若い男性コンシェルジュが表情を変えず、感情のこもっていない声で「おかえりなさいませ」と会釈をする。俺はこの事務的で固っ苦しい態度や口調が何年経っても慣れない。いっそのこと元気溌剌に「おはようございます! 朝帰りですか? お疲れ様です!」と言ってくれた方が親しみを持てる。でも疲れているときにエネルギッシュに話し掛けられるほどうざったいものはない。だからコンシェルジュの彼のテンションはアレでいいのだと、上昇するエレベーターの中で納得することにした。  玄関ドアを開けると、乳白色のつるつるした大理石の上に27.5センチ、黒のエアハラチが一足置いてあった。廊下の奥からドアの開く音が聞こえ、すぐに順平が現れる。 「瑠珂。どうしたの? 忘れ物?」  平日水曜日の8時30分。いつもの順平なら惚れ惚れするぐらい見目麗しいスーツ姿で会社に到着している時間だろうが、今日はダークグレーのイージーパンツと、色褪せしたデニムシャツを着ており、旅に出る準備は万端だった。
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