1145人が本棚に入れています
本棚に追加
桔梗は鋏を器用に持ち替え、こめかみ、耳の裏、襟足を整えていく。
「順平は知ってるの?」
髪を切る事を知っているのか、と聞いている。
「知らない。言う機会がないし」
「連絡を取らないの? あっちは毎日遊んでいるんでしょ?」
順平が休暇で日本を離れていることを既に知っているようだ。
「取らないわけじゃないけど。髪を切るのにわざわざ連絡するのもな」
「ま、そうだけど」
桔梗はつまらなそうに肩を竦めた。
「瑠珂も一緒に行けば良かったのに」
「どこに?」
「バカンス」
「仕事があるから無理だよ」
鏡に映る真剣な横顔が不満げに頬を膨らました。
「今は日帰りで海外旅行ができる時代よ。1日や2日ぐらい時間を作れるでしょう」
一泊二日で海外旅行をしろってか? 贅沢な話しだ。そんな時間があるなら俺は睡眠を貪りたい。
「たまには日本を離れてゆっくり二人で過ごすのもいいじゃない。海外なら男同士でくっついていても怪しまれないから気楽でしょ?」
「そうだな。のんびり過ごすとかそういう考えが俺に無いから、相談されないし、置いてきぼりをくらうんだろうな」
鋏の動きが止まった。
鏡越しに目を合わせ、桔梗は俺の感情を読み解こうとしている。
「そこまで分かっているなら追いかければいいじゃない」
あっさりとベストな答えを出してくる。思わず吹き出してしまった。
喉を鳴らして笑う俺を桔梗は咎めたりしない。自暴自棄になっているのを見透かされているのかもしれない。
「順平の欲しがっているものが桔梗には分かるんだな」
「順平の欲しいもの? そんなの知らないわよ。アイツは仕事もお金も最愛の人も全部持っているじゃない。これ以上なにを欲しがるって言うのよ」
最初のコメントを投稿しよう!