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既に持っているから、より良質なモノを手に入れたいと探索するんじゃないのか? 満たされない隙間や欠点に気付き、より満足できるモノに惹かれてしまうんじゃないのか?
「瑠珂?」
肩を掴まれてビクンと竦み上がった。
桔梗も釣られて驚き「どうかしたの?」と心配そうに聞いてくる。
「悪い。ちょっと考え事をしてた」
「悩みがあるならココに吐き出して行きなさい。美容室は髪を切ってセットするだけの場所じゃないの。お客様の心と身体をリフレッシュさせて、気持ち良く帰ってもらうまでが私達の仕事なんだから。ほら、カットは終わりよ」
首を締め付けていたクロスが取り除かれた。桔梗はそれを数回振るい、慣れた手つきで折り畳む。
「夜だからトリートメントだけで仕上げるけど、朝はワックスぐらい付けるのよ。前と違って今回はセットが楽チンなんだから」
手櫛でぐしゃぐしゃと揉みこんで終わり。なるほど、確かに楽だ。
スースーする首の後ろに手を置いた。刈り上げた硬い手触りがあって気持ち良い。
「さてと―――」
桔梗は腰に巻いていたシザーケースを外し、左手の椅子に腰を下ろした。足を組むとサテン生地のワイドパンツの裾がヒラヒラと揺れる。女性的な服がしっくりと似合うから不思議だ。
「何があったの?」
鏡を介して問いかけられる。
柔らかい表情と声に促されたわけではなく、俺は始めからこういう状況を望んでいた。髪を切るのは口実で、本当は桔梗と腹を割って話しがしたかった。
そういえば、前回ココを訪れた時にその椅子に座っていたのは順平だった。なんだが本番前のリハーサルに臨むみたいでくすぐったい。
桔梗はカウンセラーのごとく穏やかな表情でドンと構えている。私に解決できない問題はありません、どんなビックリ発言も受け止めて適切なアドバイスを返します、なんて紹介テロップを付けられそうだ。
しかし、俺が求めているのはアドバイスでは無く真実だ。桔梗の好意を逆手に取る質問を投げる。
「藤白由香と会った時のことを教えてくれないか」
桔梗の顔から笑みが消えた。
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