Sequence 18

6/12
前へ
/526ページ
次へ
 既に持っているから、より良質なモノを手に入れたいと探索するんじゃないのか? 満たされない隙間や欠点に気付き、より満足できるモノに惹かれてしまうんじゃないのか? 「瑠珂?」  肩を掴まれてビクンと竦み上がった。  桔梗も釣られて驚き「どうかしたの?」と心配そうに聞いてくる。 「悪い。ちょっと考え事をしてた」 「悩みがあるならココに吐き出して行きなさい。美容室は髪を切ってセットするだけの場所じゃないの。お客様の心と身体をリフレッシュさせて、気持ち良く帰ってもらうまでが私達の仕事なんだから。ほら、カットは終わりよ」  首を締め付けていたクロスが取り除かれた。桔梗はそれを数回振るい、慣れた手つきで折り畳む。 「夜だからトリートメントだけで仕上げるけど、朝はワックスぐらい付けるのよ。前と違って今回はセットが楽チンなんだから」  手櫛でぐしゃぐしゃと揉みこんで終わり。なるほど、確かに楽だ。  スースーする首の後ろに手を置いた。刈り上げた硬い手触りがあって気持ち良い。 「さてと―――」  桔梗は腰に巻いていたシザーケースを外し、左手の椅子に腰を下ろした。足を組むとサテン生地のワイドパンツの裾がヒラヒラと揺れる。女性的な服がしっくりと似合うから不思議だ。 「何があったの?」  鏡を介して問いかけられる。  柔らかい表情と声に促されたわけではなく、俺は始めからこういう状況を望んでいた。髪を切るのは口実で、本当は桔梗と腹を割って話しがしたかった。  そういえば、前回ココを訪れた時にその椅子に座っていたのは順平だった。なんだが本番前のリハーサルに臨むみたいでくすぐったい。  桔梗はカウンセラーのごとく穏やかな表情でドンと構えている。私に解決できない問題はありません、どんなビックリ発言も受け止めて適切なアドバイスを返します、なんて紹介テロップを付けられそうだ。  しかし、俺が求めているのはアドバイスでは無く真実だ。桔梗の好意を逆手に取る質問を投げる。 「藤白由香と会った時のことを教えてくれないか」  桔梗の顔から笑みが消えた。
/526ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1145人が本棚に入れています
本棚に追加