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座席のベルトを外し、会社から着てきた厚手のコットンシャツを脱いで七瀬の上に被せてやる。それでようやく七瀬の癇癪は収まった。
半袖シャツから剥き出しになったもう片方の腕に湿っぽい生肌が密着した。
「初めて海外旅行に行くカップルみたいな会話だな。俺も混ぜろよ」
冬でも体温が高い梶さんは、初めから半袖シャツに短パン姿だ。
「気持ち悪いから放してください」
「なんで七瀬は良くて俺はダメなんだ」
「七瀬は寒がってるから仕方ないけど、アンタは汗ばんでるじゃないか」
ベタベタと嫌な感触しか無い。
俺が嫌がっても自分のやりたいようにやるのが梶さんで、腕を絡めるだけでは飽き足らず手まで握ろうとするから、それだけは「資料が読めねえだろ」と威嚇して制した。
「なあ、機内食は和食と洋食どっちにする?」
「どっちでもいいです」
俺は睡眠不足で食欲が湧かない。
「ビール飲んでいいかな?」
「好きにしてください……」
オッサンが絡んできてウザい。
答えたあと、七瀬が目を閉じたまま小さな声で「ダメ」と言った。
「ビール飲んだらしょっちゅうトイレに立つじゃん。それなら始めから通路側に座って下さいよ」
ごもっとも。七瀬の言うとおりだ。
「女子の方がトイレに行く頻度は多いだろ。それに窓側は冷えるんだ。俺はお前に配慮してやったんだぞ」
取って付けたようなお節介を口にする。
「ビールを飲んで利尿作用が高まった人よりは我慢できますー」
相手にしなきゃいいのに、七瀬も負けじと言い返すので収まりどころが見えない。
機内食の配布が始まっているのに、トイレに行く行かないの争いをするなよ。
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