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「彼は1分1秒でも早く私達を送り届けるのが責務だと思っているらしく、周りの車が少なくなると更に加速します」
「ふざけんな! そこに安全と快適さを加えろって誰か教えてやれ!」
ぎゃんぎゃんと騒ぎ立てる梶さんの声は、運転手の爽やかなスタッフくんにも聞こえているようだが生憎と意味までは通じておらず、バックミラー越しにニコニコと微笑む目が見えていた。俺達の恐々とした様子が彼には楽しそうに映っているのかもしれない。
「朝は中型のマイクロバスだったので車内は阿鼻叫喚の嵐でした。これはまだマシな方です」
それを聞いた俺達はもはや文句を言えなくなった。
バスは普通に走っていても揺れが大きい。この揺れがバスだったらどうなるのだろうって想像したくもない。半数以上のスタッフが体調不良を起こすのも納得だった。
それにしても、この荒れ狂う車に一日のうち既に3度も乗っている渚はやはり体力が超人並みだ。怒鳴りつけていた梶さんでさえ、後半は口数が少なくなっていた。
「ホテルのレストランは朝6時から夜21時まで利用できます。食事は基本的にブッフェ形式です。それ以外のアラカルトやルームサービス、アルコール類を注文する場合はその都度各自で精算をお願いします」
最後は梶さんに向けて説明していたようだが返事は無かった。
「明日の天候は晴れ時々雨。最高気温は27度。撮影は当初の予定どおり12時から17時を予定しています。影山さんは雨のシーンを撮ると張り切っていますが、コーディネーターさんのお話しによるとここ一週間は夕暮れ時や夜に降ることが多く、昼間は絶好のマリンアクティビティ日和だそうです」
つまり影山が望んでいる天候は得られにくいということだ。ざまあない。
こんなに時間と金と人を使って撮りたい画が撮れないとは、たとえ見返り無しのボランティアでも虚しいものだ。
「もう一つ、瑠珂さんと七ちゃんに悲しいお知らせがあります……」
それまで事務的に説明をしていた渚が突然声を沈めた。
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