Sequence 19

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 木埜下マリンが控えスペースに戻ってくると、マネージャー、渚、万知の三人がかりでバスタオルに包み、摩擦で温め始める。  その後ろから遅れて帰って来た沖田は深呼吸をしてから声を張った。 「木埜下マリンさんオールアップです! お疲れさまでした!」  スタッフ達から歓声と拍手喝さいが巻き起こる。梶さんがようやくスタビライザーを外し、喜びの輪に加わった。レストランの中からもホテルのスタッフがデッキに出てきて拍手を送ってくれる。  監督が一人で空撮を続けていても関係ない。役目を終えたスタッフ達は晴れ晴れとした表情で互いの健闘を称え合った。  ―――この瞬間が一番好きだ。業種も、経歴も、年齢も、好き嫌いも関係ない。みんなが一つの作品に全身全霊を掛け、達成感と喜びを共有する。映像制作の醍醐味だ。  部下の前では金や成果が全てだと偉そうなことを言っておきながら、実のところはこの瞬間に立ち合いたいがために俺はディレクターを続けているのかもしれない。  それにしても、天候まで味方につけるとは影山の幸運には恐れ入る。これも才能の一つなのか、悪運が強いだけなのか。  誰かが沖の方を指差して「虹だ!」と叫んだ。水平線の上に大きな七色の半円が浮かんでいて、また一層大きな歓声に包まれた。  影山はまだ暫く帰ってきそうにない。クランプアップはもう少しお預けだ。  ふとレストランの方を見ると、デッキに立つ馨さんと目が合った。顔を綻ばせて嬉しそうに手を振っているので、応えようと手を上げたところで固まった。  馨さんの背後に順平が立っている事に気付いた。  その顔は穏やかな笑みを浮かべているが、ビーチのバカ騒ぎを心から喜んでいるわけではないと、俺には分かった。
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