Sequence 2

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「なんて言ってたの?」  美雨が順平に尋ねる。 「『楽しい時間をありがとう。またどこかでお会いしましょう』って。お礼と別れのあいさつだね」 「ふーん。ママはどこに行ってもモテるね」  感心する美雨の肩に腕を回す。 「一時的にちやほやされるのは尻軽に見られてるのと同じなんだよ。お前は絶対ああいう風になるなよ」  おふくろが唇を突き出して「ひどーい」と拗ねる。美雨も同じ顔になり「お兄ちゃんひどーい。ママは尻軽じゃないもん」と反発する。こういう顔をすると二人は瓜二つだ。  順平の手が伸びてきて、俺のこめかみに張り付く汗を掌で拭った。 「ここは暑いから移動して休もうか? 甘い物がある店にでも」  順平の提案に全員が乗り、ビルの中間階にバルコニーテラスが張り出すカフェに入った。店の外には席待ちの客がずらりと並んでいたが、俺達は店内にすんなり通される。 「予約してたのか?」 「うん。休日は混むって聞いていたから」  一年の半分以上を海外で過ごしているというのに、順平は情報通だ。物事のすべてが順平を中心に回っているんじゃないかって錯覚するほど、順平の手にかかると何でもスマートに物事が進む。  バルコニーテラスは冷房のきいた店内に比べて蒸し暑かったが、屋根があり、店内から涼しい風が流れてきて汗をかくことはない。  美雨は特大のフルーツパフェ、おふくろはカラメルソースがかかっただけのシンプルなクレープシュゼットとシャンパン、俺と順平はアイスカフェオレで一息ついた。順平は途中からおふくろに強請られてシャンパンを飲み始める。  美雨からの手渡しでバニラアイスと生クリームを同時に頬張っていると、尻ポケットに入れていたスマホが震えた。電話をかけてきているのは阿南だ。 「はい。どうした?」  席を立とうかと考えたが、出口が遠く、バルコニーテラスも半分は外なのでそのまま通話を始めた。  数秒後、俺は周りの華やかな空気をぶち壊す雄叫びを上げる。一斉に奇異の目を向けられることになったが、そんなことを気にする余裕は無くなっていた。  静寂の中に阿南の声だけが耳の奥に届く。この時ばかりは、順平や美雨やおふくろが、景色に同化していた。
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