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辻井ライコは、ベンチから立ち上がった尾藤優妃の制服のリボンが、胸元で揺れるのをぼんやり見ていた。ウチの高校の制服は未だにセーラー服だ。都立の他校はどんどんブレザー化していくのに。母親は「やっぱりセーラー服が可愛いわよ」などと自分が着るわけでもないのに満足気だが。
ライコが入ったバスケ部の試合は盛り上がっていたが、ライコはずいぶんと長くぼんやりしていたようだ。目を逸らそうとした瞬間、緋色のリボンの陰に何かが見えた。同じようにうっすらと茶色いものが揺れている。それは柔らかそうな毛だった。
「シッポ?」
「え?」
熱心に試合を見ていた優妃は、両手の拳を緩めてライコの言葉に視線を下ろした。
「ごめん、何でもない」
ライコの言葉と同時に、ピーィッと笛の音が吹き渡った。
「やた!勝ったー!!」
喜びにベンチから離れる優妃の後ろ姿を見ながら、ライコは深く溜め息を吐いた。
初めは目が曇ったのかと思ったが、今は幼い頃の不思議な現象がまた戻ってきたのだと自覚した。何がきっかけか分からないが、他人の胸元にチラチラと小さなガラスの破片が煌めいて見えることがある。そこから出てくる顔に、幼い頃のライコは怯えていた。
「え、アイツも誘うのかよ」
優妃から渡されたタオルで首筋を拭きながら、江古田楡太は思わず顔をしかめた。来月は少し離れた公園のバスケットコートを使用するという。
「あれ?ニレってライコのこと嫌いだっけ?」
「嫌いじゃないけどさ、なんか気持ち悪いってゆうか」
「どういう意味?」
楡太は新しい彼女を怒らせたかと不安になり慌てた。
「いや、なんつーか、アイツ、怖い話好きなんだろ?オレ、そういう話苦手だから…」
「ライコは、そんな変なコじゃないよ。いいじゃん、女子のメンツ足りないんだから」
優妃はそう言って、楡太の首に掛かったタオルを両手で引っ張ってじゃれついた。楡太もつい頬を緩めてしまうが、頭の片隅に浮かぶライコの姿に、どうしても怪談話がまとわりつくのは、数ヶ月前の移動教室でのキャンプファイヤーで、炎に照らされたその横顔がものすごく変だったからだと思い出した。
楡太の目には、ライコの目も口も、額の皺さえも顔の中央に寄ったように見えた。彼女は何を考えていたのだろうか。
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