鏡が見える。

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 ライコは塾からの帰り道、いつも気になる空家の横を通り過ぎようとしたときに「キィーッパアンッ!!」という嫌な音を聞いた。それは車が何かにぶつかった描写を、ライコの脳裏に呼び込んだ。ライコは音のした道に出るのは怖かったが、首を出して覗いた。一ブロック先に車が停まっており、その前に倒れている人が見えた。車に乗っていた男性が駆け寄って倒れた人の元に跪いていた。辺りに人は見えず、ライコは事故現場を見る怖さと面倒事に巻き込まれる厄介さを胸に押し込めて駆けつけた。人手が足りないなら通報するとか、第三者がいた方が良いだろうと思ったのだ。  そのライコの足元を何かがかすめ、ライコは足がもつれて転倒した。助けにいこうとした自分が転んでしまった気恥ずかしさに顔が赤くなったが、それでも起き上がり駆けつけた。車から降りた男性が抱き起こしていたのは江古田楡太だった。ライコは息を飲み、立ちすくんだ。  楡太は外傷は無さそうだったが、白目をむいていた。ライコは跪いた男性の隣に行き、「救急車はっ」と訊いた。 「警察に電話しました」 「まず救急車だろ!」  ライコが怒鳴ってケータイを取り出すと、耳元で「キアーッ」と甲高い鳴き声がした。振り返ると、血塗られた赤い眼をした尾藤優妃がうっすらと口を開けて立っていた。鋭い牙が幾つも見える。その胸で砕け散る鏡が、狐の顔を写していた。  優妃はつかつかと楡太に近寄り、楡太と楡太を抱き起こしている男性の間に割って入った。薄いジャケットのポケットから小さな注射器を何本も取り出す。そして楡太の指先に一本一本プスプスと突き立てていった。 「同じ針を使うと、感染症を引き起こすかもしれないからね」  顔を歪ませたような笑顔をライコに向けながら、優妃は指先から注射を引き抜いて、それぞれの指先を押した。楡太のすべての指に赤い玉ができた。それをうっとりと眺めた優妃は、楡太の人差し指を口に含んだ。 「ひいぃーー!」  呆然と優妃を眺めていた男性は腰を抜かして後ずさった。ライコは、楡太に忠告したことを悔やんで奥歯を噛み締めた。    終
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