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「あれが風かなんかで動いたんだよ。ほら、向こうにガラスの割れた窓もあるし」
続けて、ユウカが断定的にそう結論づける。
「なんだ、ただの紙かよ……」
「ハァ…そうだったんだぁ~。本気で幽霊かと思っちゃったよお……」
ナオトとナミの二人も、その安心できる答えに納得した様子である。
風? ……さっきから、こんな無風状態なのに?
そんな疑問が僕の脳裏に過ったが、三人の様子を見ているとなんだか言い出しづらく、僕は黙って、みんなと同じようにユウカの説に納得することとした。
……いや、それはみんなのためだけでなく、僕自身も自分を騙して、そう思いたかったのかもしれない。
「ま、幽霊の正体なんて、蓋を開ければこんなもんさ。怖い怖いと思っているから、なんでもないもんをそうやって霊の仕業に見せるのさ」
納得し、安心したナオトは、なぜだか偉そうな態度で皆を諭すようにそう嘯く……ついさっきまで自分だってビビっていたくせに。
「しっかし、この部屋も落書きだらけだなぁ……みんな、お行儀が悪すぎだぜ」
そして、今の騒ぎは何でもなかったかのように、周囲を懐中電灯の明かりで照らしながら、呆れと関心がない交ぜになったような顔で呟いた。
ナオトの声につられ、僕ら残りの三人も、忙しなく動く小さな丸い円を追って辺りを見渡す。
確かに彼の言う通り、この部屋の壁も赤や黒のスプレーで描かれた、くだらない落書きで満たされている。
また、それまでは気づかなかったのであるが、その落書きでいっぱいになった壁にもキッチンに貼ってあったのと同じようなメモ用紙が所々に貼られている。
殺された資産家家族は、そうしてメモ用紙をあちこちに貼る癖があったのだろうか?
「いったいどんなこと落書きしてんだ?」
ナオトがそう言いながら、左手にある壁を自分の目線の高さで照らす。
僕もなんとなくその動作に追従し、二つの懐中電灯の光が重なり合うと、より広範囲に渡ってその壁の表面を闇の中に映し出した。
そこにあったのは、やはり「バカ」だの、「死ね」だの、「○○参上」系だの、それから横文字でちょっとポップなアート感覚で描かれたものだの、よく高架橋下などでも見かける、なんの変哲もないスプレーの落書きである。
こうして改めて眺めてみても、特におもしろみはない。
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