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「丁度ね、絵を続けようか迷っていたんだ。才能とかレベルとか、価値観的な部分に捕らわれて、純粋に楽しめなくなっていたんだと思う。進学のことも関係してる。だから、親にもいろいろと小言を言われていたし」
ボクは今日まで、なにかに打ち込むことがなかった。
読書だって暇つぶしがほとんどで、空っぽな部分を埋めるためのいいわけにしか過ぎない。
先輩が感じていた苦労や痛みは覚えがないし、同情すら難しい。
「背中を押してくれたって感じた。それだって勝手なわたしの思い込みだとわかっていたけど、どうしようもなかったよ」
諦めきれないんだろう、苦笑いを浮かべる先輩が少しだけ小さく見えた。
「あの、先輩」
「なあに?」
心が悲鳴を上げている。
やめろって叫んでいる。
存在のない痛みが全身を襲う。
だけど、どうにもとめられなかった。
「――まだそのひとのこと、好きなんですか?」
絞り出したようなボクの呟きに、
「うん。好きだよ」
先輩は透き通るような声で応えた。
「…………」
「…………」
一瞬の静寂。
赤く染まった視界が徐々に滲んできた。
頬に生ぬるい感触がじんわりと広がっていく。
驚きに目を見開いた先輩がいる。
誤魔化そうとする気力もない。
「先輩……」
ボクは無造作に視線を外す、
「…………」
先輩がゆっくりと後を追いかけた。
「世界はとても美しいですね」
「うん」
窓からは相も変わらず夕日が差し込んでくる。
ボクたちはしばらくの間、遠くの空を眺めていた。
了
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