「メモリー」

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 それからボクは先輩とよく話をするようになった。  人気のない美術室で膝を突き合わせながら、クラスのこと、勉強のこと、有名な先生の噂。  なんでも話したし、ときには悩みも打ち明けた。  先輩の笑顔が見たくて、苦手な冗談も口にするようになった。  以前のボクでは考えられない。  美術部にも入らないか誘われたけど、その度に断っていた。  理由は特にない。  強いて言えば、先輩の世界を汚してしまうことがいやだった。  三日が過ぎる頃にはもう、先輩のことばかり考えるようになっていた。  そして今日、ボクはある決意を固めている。 (よし、いつもと同じ時間だ)  ひと呼吸置いて、美術室のドアに手を掛けようとした。 (あれ? 微妙に開いて……)  妙な夢騒ぎを覚え、そっと隙間からのぞき込んだ。 「…………」  先輩はいた。  描かれていない、真っ白なキャンバスを前に座り込んでいた。 (けど、ヘンだな)  遠目でもハッキリとわかるほど気落ちしている。  いつものような陽気さが伝わってこない。  きびきびと筆を動かしていた姿とは似ても似つかなかった。 (なにを見てるんだろう……?)  手にしているのは、しっかりと装丁された大きめの本。  よくよく目をこらせば、いわゆる“卒業アルバム”のようだった。  でも、先輩たちのアルバムはまだできているはずがない。  となると、いつのものだろう?  いや、それよりも先輩、泣いて―― 「――やだ、来てたの?」  ボクに気づいた先輩は、軽く目元を拭いながら声を掛けた。 「…………」  困ったような笑顔に、ボクは言葉を詰まらせる。 「どうしたの? あ、ごめんね、恥ずかしいところ見せちゃって」 「いえ、ボクも黙ってて……あの、もう帰ります」 (ダメだ、いまはこの場にいたくない) 「あ、待って!」  居たたまれず、踵を返すボクを呼び止める。  躊躇していると、近づいてきた先輩がグッと手を掴んだ。 「ね、話だけでも聞いてくれない?」 「でも、先輩……」 「お願い」 「……はい」
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