「メモリー」

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 張り詰める緊張感のなか、ボクたちは向かい合わせに座った。  ひどく落ち着かない。  いやな予感がふつふつとわき起こる。 (帰ってしまうベキだったかも……)  据わりが悪くなり、ボクは軽く居住まいを正した。 「……ふぅ」  先輩が短く息を吐く。  覚悟を決めたような眼差しがボクを捉えた。 「隠しているつもりじゃなかったんだけど、あまりひとに話すことでもないから」  気恥ずかしそうに前置きを挟むと、先輩はとつとつと語り始める。 「わたしが美術部に入ったのはね、絵を描くことが好きだったのはもちろんだけど、仮入部のとき、ある先輩に言われたことがきっかけだったんだ。その先輩はわたしの作品を見て、『とても自由だね』って言ってくれたの」  まるであやされた子供のように、にへらっと顔をほころばせた。  その瞬間、ああ、と心のなかでため息が漏れる。  ボクの様子に気づいた風もなく、先輩はただ想いを告げた。
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