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――タタタン……タタタン……
遮断機の音がやみ、電車の遠ざかってゆく音だけが辺りに響く。
一度解いた靴紐を結び直した僕の手の上に影が落ちて、僕のイヤホンが片方だけ外された。
「見たでしょ」
「見てないよ」
「バカね。そこで『何を?』って聞かなかったら、見たのバレバレじゃない」
靴から手を放し、僕は立ち上がる。
楽しそうに笑う彼女につられて、僕も思わず笑ってしまった。
「別に見たくて見たわけじゃないよ」
「でも見たんでしょ?」
「別に好きでもない女の子の脚なんか見たって、なんとも思わないから」
「ふぅん。……まぁ私も別にキミのこと好きじゃないからいいけど」
彼女は僕の方を見たまま、ゆっくりと僕から離れてゆく。
3歩下がった所で彼女はくるりと背を向けた。
「好きじゃないわ。でも今日は4月1日だから」
それだけ言うと彼女は駆け出す。
走る彼女の周りに、ピンク色の花びらがふわりと舞った。
4月1日。
僕は慌てて彼女を呼び止める。
「ぼっ……僕も! キミのことなんか全然好きじゃないから!」
立ち止まり、振り返った彼女はまた嬉しそうに笑う。
「うん……全然好きじゃないわ! バイバイ!」
空を舞う花びらと同じ色に頬を染めて、手を振った彼女は走り去る。
同じように手を振り、彼女を見送った僕の背中で、また遮断機が降りた。
僕はイヤホンをつけ直して、いつもと同じ曲を、いつもと違う気持ちで聴く。
4月1日。
桜の花びらは、さっきより鮮やかな色で僕の周りを舞った。
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