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サミは屋上にいた。待ちかねたように陽光が辺りを照らす。屋上というのは一人になれる唯一の空間であり、空との共有を可能にすると密かに思っている。もちろん、手を大きく広げて深く空気を吸い込むときに。
「サミさん」
サミは右を見た。左を見た。そして振り向いた。そこには眼鏡を外したシュンイチがいた。やはりそうだ。疑惑が確信に変わった。そう、彼はシチだ。
「シチね」サミは断言した。アイドル独特のオーラを彼は放出している。オンとオフを使いわけるかのように、自在に己を演出していた。シュンイチが彼女に近づく。堂々と、そしてゆるやかに。
「やはりバレましたか。黙っててもらわないと」とシュンイチ。
「黙ってるわよ」サミは生唾を飲み込んだ。だって、目の前にアイドルがいるんだよ。
「唇を塞がなければ愛を与えられない。唇を離さなければ言葉を紡げない」
「誰の言葉?」サミの心の臓が激しい音色を放つ。
「愛原夢人」
「誰なの?」とサミ。
「架空の人物。僕は詞を書くのが好きなんだ。」とシュンイチの色気を讃えた目が細められ、サミに一歩近づいた「僕の場合の黙るは、こうです」
シュンイチがサミの唇を塞いだ。タンポポの綿毛のような唇だった。そのまま飛んでいきそうな。それはサミの心かもしれない。彼女はとろっとした目になり、もう一度、唇を押し返した。
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