見えなくなる眼鏡

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 おそるおそる目を開けると、頭にタオルを巻いた、二十代半ばくらいの青年が私のすぐ横にいた。その人は、若者にはめずらしく作務衣を着ている。足元は草履だ。そのいでたちが、まるでお坊さんのようだと思った。タオルと頭の間から一本の髪の毛もはみ出ていないのも、私の想像に信憑性を持たせていた。  青年は、白い花を咲かせる街路樹の下に立つ女性を真っ直ぐに見つめた。彼にも、見えているのか。 「キョウ。いつもありがたいけど、ちょっとばかしやりすぎですよ」  青年が声をかけると、キョウと呼ばれた女性は、袖を口元に当てて目を細めた。 《堪忍な。なぁに、暇を持て余した精霊の遊びじゃ。敏次(としつぐ)、はよう連れておいき》  最初のおどろおどろしい印象はなんだったのか、キョウは貴族のように雅な声でころころと笑った。  敏次と呼ばれた青年は、キョウに深く頭を下げた。彼が頭を上げたころには、キョウはすぅ、と姿を消してしまっていた。 「さて」  敏次は、私を見下ろした。向かい合うと、彼は背の高い若者だった。それに、精悍な、それでいてきれいな顔立ちをしている。先程とは違う意味で私の心臓が騒いだ。  彼は私に問いかけた。 「見えなくなる眼鏡を買いにきたの?」
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