追憶

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追憶

 土煙が鼻を刺激する。真夏に吹く一陣の風は一時の涼を運ぶと共に、グラウンドの乾いた土の表面を巻き上げて人の目と鼻に不快感をも運ぶ。それでも、次から次へと間欠泉のように吹き出る汗を撫でる風は心地よく、風が去るとすぐにまた恋しくなる。 「晋平君、今日もお疲れ様!」  そう言ってユニホーム姿の男の子を呼び止める声が、風の去ったグラウンドの隅で響いた。男の子のユニホームには“10“という数字が誇らしげに存在を主張している。しかし、それを身にまとう男の子は数字を誇示する様子など微塵も感じなかった。 「ありがとう」  男の子は短く告げた。呼び止めた女の子は、たった5文字の言葉にニッと笑みを作って応える。 「今日もそろそろ帰った方が良い時間だね」  夏の日照時間は長い。そんな太陽も、もう西の空に沈もうとしていた。グラウンドにはユニホーム姿で汗だくになった男の子と、半袖のセーラー服にスカート、肩には水色のタオルを掛けて、短い髪を汗で湿らせた女の子の姿だけ。広いグラウンドの片隅で夕陽の赤に染められた2人は、まるでその瞬間だけ切り取られて長く大切に保管されたセピアの色合いだった。 「いつもこんな時間まで、すまないな」 「いいって。好きでやってるんだし」  グラウンドに散らばったカラーコーンやサッカーボールを手際良く仕舞いながら女の子がまた笑む。つられて男の子は手渡された水色のタオルで汗を拭きながら女の子から視線を逸らした。頬は陽に染められた以上に紅くなっているが、せっせとカラーコーンを1箇所に積み上げていく女の子がそれに気付く素振りは無かった。 「結香、今日は親父さんとこ?」 「そう……だね。こんな時間だし、お父さんの方でいいかな」 「いいかなって、そんな簡単に決めちゃっていいのか?」  男の子がサッカーボールが山積みされたキャスター付きの大きな籠を倉庫に押し込みながら女の子に聞く。少し間があって、女の子は石灰袋の奥に積み上げたカラーコーンを仕舞いながら「いいの!」と元気よく答えた。
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