久方ぶりの家族

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久方ぶりの家族

 晋平は木々の隙間を抜けて白を基調としたアルコールと獣のような臭いが立ち込める建物へと入っていった。  真夏の肌を焼くような熱は、建物へと入った瞬間に嘘のように立ち消え、役目を失った汗の勢いが目に見えて減ってゆく。歩いていると時々見える窓から外を見ると、先ほどの眩かった白と青と緑がそれぞれ少し黒ずんで見えた。きっと、この建物がそう思わせるのだろう。  廊下をすれ違う人々は元気が無かったり、悲しそうだったり、不機嫌そうだったり、良く言って落ち着いていたり。世間の喧騒とはちょっと違う。でもそれは個性が出ているのでは無い。むしろここではそれが無個性。真夏のイメージに合うイケてるハイテンションな若者が騒いでいたら、それこそ超が付くほど個性的だ。  晋平は慣れた様子で脇目も振らず目的地へと歩を進める。エレベーターに乗るとアルコールの匂いがさらに増して思わず嘔吐いた。  ようやく辿り着いた部屋の前で晋平は一度足を止め、深く深呼吸する。 「結香……」  咽せるようなアルコールの匂いを胸一杯に吸い込み、深く吐き出した後にボソリと独りごちる。扉を空けると男性と女性がそれぞれ1人ずつ。双方とすぐに目が合った。 「お久しぶりです」 「あ……あぁ、晋平君? 大きくなったねぇ」  女性は晋平を見るなり、遠くを見るように目を細めたが、すぐにパッと見開き、目に涙を溜めながら言ってきた。男性は不機嫌なのか、黙って晋平を見つめたまま。 「まだ……目覚めませんか?」 「この子、昔から一度寝るとなかなか起きないからね。ほんと、誰に似たんだか……」  女性が戯けるように言って男性を見る。男性はばつが悪いのか、女性からの視線を感じて無言のままそっぽを向いてしまった。  その様子を見て、晋平は驚いた。この2人は袂を分けた筈の元夫婦だ。そんな2人がこの場に揃っていて、しかもそんなに険悪な雰囲気は感じない。それは結香がずっと望んでいたことで、晋平はそれをしつこいくらい聞かされてきたからだ。 「お前らのことは、結香から聞いている」  急に、それまで黙ったままだった男性が口を開いた。レースカーテンが部屋に差し込む光を柔らかくしている部屋に、腹の底から響くような低い声が木霊した。
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