第1章

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 タグには蝶のロゴが入っていた。  こんなの作れるんだと、ゆりは感心してサイト内の洋服を見て回った。そして一着のドレスに目を留めた。それは布で作られたものではなく、白い紙を切り抜いて模様を描いていた。その模様は繊細で、とても紙でできているとは思えなかった。細かく模様が描かれた紙は幾重にもなり柔らかく波打っていた。好きな人をイメージして作ったとコメントされたそれは非売品だった。その可憐な白い花のようなドレスはなんだかとても村沢一沙をイメージさせたのだった。  その日は夏休みも終わりに差し掛かった、とても暑い日だった。道場脇の水飲み場でゆりが顔を洗っていると佐野に声を掛けられた。 「先輩、どうかしたんですか?」 「何が?」 「なんていうか、ぼんやりしているわけではないのだけれど、覇気が感じられないというか」  佐野は鋭い。手合わせで向かい合ったその瞬間に、心の乱れを察知する勘とでもいうのだろうか、それが著しく鋭敏である。勝手に舞い上がって勝手に落ち込んで、ここ数週間、都築とは連絡を取ってはいない。都築からのラインもスルーした。そんな乱れた情緒を無理やり平常心へと押し込める、そのわずかな反動を佐野は見逃さなかった。「佐野には隠せないなぁ」  ゆりの乾いた笑いはため息にも似ていた。 「もしかして、あの都築って奴のことですか?」 「知ってるの?」 「この間、先輩が倒れた時に」 「ああ......そういえば、佐野から連絡もらったって言ってた。ねえ、なんで連絡先を知ってたの?」 「そんなの、先輩のことならなんでも知ってるんですよ、俺は。都築って奴のこと、先輩好きなんですよね? 先輩が決めたんならしょうがないなって思ってたけど、そんな辛そうな姿を見ていると俺の方が先輩のこと、絶対、大事にできるって思うんです」 「珍しく真面目だね、佐っ......!」  唐突に引き寄せられた腕の力は思いの外強く、細身で軟弱そうに見える体からは、とても想像できなかった。汗ばんだ佐野の道着は、男くさくて、不思議と落ち着いた。このまま身を委ねていれば、この苦痛から逃れられるのかもしれないとさえ、ゆりは思った。  その時、名を呼ばれたのだ。 「藤堂さん......」  聞き覚えのある透き通るような声だった。
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