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早朝の学校は好き。
四月の少しだけ肌寒さが残る凜とした空気と、校舎裏の林を駆け抜けた清涼感のある風が、昇る日差しで溶け込んで次第にはらみゆく熱気の渦にのまれ、夏の暑さを予感させる。人気のない広々とした道場で背筋を伸ばし、深い呼吸を静かに繰り返す。邪念を払い精神を研ぎ澄ませるこの瞬間が、何者にも勝る力を与えてくれるのだった。
今日この日、藤堂ゆりは十七の年を迎えた。
カツー......ン。
道場の外から耳慣れぬ金属音が聞こえた。一人、道場で正座をしていたゆりは、ゆっくりと瞳を開けると、その場にすっくと立ち上がった。天窓から差し込んだ日差しに、細かな粒子が踊り目を細めた。後ろで一つに結わえた髪が、白い道衣の中ほどで揺れ、ゆりは襟を正し漆黒の袴を翻すと道場を後にした。
扉を開くと立てかけてあった練習用の木刀が、スチール性のロッカーの前に転がっていた。先ほど聞いた金属音は、おそらく風にでも吹かれ倒れた木刀が、ロッカーへと当たった音だろう。ゆりは木刀に手を伸ばした。すると、かすかに人の声を耳にした。始業まで時間はまだたっぷりとある。こんな朝も早くから練習とは、自分以外に一体どこの部活だろうかと、ゆりはその声に耳を傾けた。「結構、儲かってるって聞くけれど、そこんとこどうなの都築くん」
「なになに、君のしてるバイトってそんな貰えるわけ?」
声は部室のあるプレハブ小屋の横から聞こえてきていた。察するに、都築という生徒のしているバイトというのが、どうやら羽振りが良いようで、それについて二人が言及していると言ったところだろうか。ゆりは着替えをする為に部室の引き戸に手をかけた。しかし話しは思わぬ展開を見せたのだ。
「なあ、今晩遊びに行かね?」
「そうそう、女の子誘ってさ。可愛い子いっぱい知ってるんでしょう?」
ガラの悪そうな男二人が、気の弱そうな俯く一人を取り囲んでいた。制服を着ているその一人が都築と思われた。
「なあなあ、都築くーん。話しかけてるのにだんまりはないんじゃね?」
少し苛立った様子で、男は都築ににじり寄っていった。
「......何を言っているのか、僕にはさっぱりわかりませんけど」
消え入りそうな繊細な声がふて腐れていた。どう見ても仲良しこよしではない事は明らかだった。
「はぁー? 都築くん、僕には君の言っている事が、さっぱりわかりませんけど?」
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