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男は、都築の襟首を掴みあげると、大きな声で笑った。その嘲笑した声が周囲に響いて、どうしようもなく腹立たしい。その時、笑い声が空を斬る音に刻まれた。どんっという鈍い音が男の目の前を突っ切っていたのだ。
「何なの? うちの部室に、なんか用事?」
ゆりが振り下ろした木刀は、男の鼻先をかすめ部室の壁を凹ませていた。
「あれあれ? なんだ誰かと思ったら小南じゃん」
自分よりも少しばかり背の低い小南を見下ろし、ゆりはクスリと笑った。小南は舌打ちをすると「男かよっ」と悪態をつき、もう一人の男と共にそそくさとその場を後にした。
「何なのあいつ、人を男呼ばわりしておいて、不愉快」
ゆりが唇を尖らせた。
「ああ、やばっ。凹ませちゃった」
木刀を引き抜いた痕がつくプレハブの壁をさすり、ゆりが項垂れた。つつっと流れ落ちる額からの汗を、吹き込んだ風がぬぐってゆく。心地よさに一息つくと、ざりっと後退る靴音を耳にして、ゆりは咄嗟に呼び止めた。
「ねえ、都築由人......同じクラスじゃなかった?」
丸いメガネをクイッとあげて伏せ目がちに都築が頬を赤らめていた。
四月の進級時、教室の中は新しい匂いがしていた。都築は、あまりにも大人しく周囲とも関わりがない為、仮に席が最前列中央にあったとしても、その存在感は限りなく薄い。けれど、そう思っていたのはゆりばかりで、友人のまりもによると世間では都築のような草食系男子がおもてになるのだそうだ。
「ネット販売をしてるって聞いたことがあるけれど、実際はどうなのか不明」
肩まであるウェーブのかかった髪の毛先を絡め取り、まりもが気怠そうに言った。
「何を売ってるの?」
「洋服らしいんだけれど、そんな儲かるような服を売ってるようには思えないって、都築の私服を見た子が言ってたよ」
「でも、実際は儲かってるって話しなんでしょう? だから小南らに目をつけられた」
「ね。私もびっくり。どこで聞きつけたのか一気に信憑性が増したわ」
小南は、あまり学校に来ることがない。噂では夜な夜な街中を遊びまわり補導されたことも一度や二度ではないらしい。それゆえに黒い方面には鼻が利き、この学校では小南と関わろうとする生徒はあまり居ない。だからこその信憑性だろう。そんな小南が珍しく登校した日、クラスに転校生がやってきた。
「初めまして、村沢一沙です」
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