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野沢監督って、本当に凄い人だと思う。
話を理解して役者を理解して役にハマらせる。
カメラもカットが絶妙だ。涙が溢れた瞬間だけアップにして、早智の心を表現して、引きで2人のアングルに変える。
2人の思いが愛し合ってるのに離れそうな雰囲気が観て取れる。
たまたま一緒に昼食になった時があって、じいっと見てしまった。
「…なんだ?いちゃもんか?」
「ううん。監督って、凄いなあって。こうしてると普通のおじさんなんだけどなあって見てた」
「……お前な、今度『おじさん』扱いしたら身投げのシーン、本気でやらすぞ」
「野沢監督作品で死んだら、本当に『奇才』じゃなくて『気違い』扱いになるよ」
「前に死ぬ役が上手くできんから『できないなら本当に死ね!』って怒鳴ったら降りたな。…見なくなったが本当に死んでないか不安になったじゃないか」
「あははは!野沢監督なら言うね。慣れてないと死ねかもよ?」
「………お前、今、いい恋愛してんだろ?」
「よりが戻った、かな?」
「良かったな。あのままだったら、俺がもらってやるしかないと思ってたぞ。お前理解できんの俺くらいだからな」
「そうだね。…貰い手なかったら、貰ってね」
「『おじさん』が貰ってやる」
「根にもたないでよ」
本当に、私を理解してるのは多分、野沢監督だと思った。
私と野沢監督は演劇していく上で、お互い認め合えるパートナーだと思う。
だから、私は野沢監督の作品は役さえあれば出続けるつもりでいた。
多分、監督もそうだったんじゃないかな?
唯一監督が認めてくれた女優。
これが遺作になるなんて、思わなかった。
『脳溢血』
誰にも気づかれないまま、自宅でたった1人で逝ってしまった。
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