15話 監督

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野沢監督って、本当に凄い人だと思う。 話を理解して役者を理解して役にハマらせる。 カメラもカットが絶妙だ。涙が溢れた瞬間だけアップにして、早智の心を表現して、引きで2人のアングルに変える。 2人の思いが愛し合ってるのに離れそうな雰囲気が観て取れる。 たまたま一緒に昼食になった時があって、じいっと見てしまった。 「…なんだ?いちゃもんか?」 「ううん。監督って、凄いなあって。こうしてると普通のおじさんなんだけどなあって見てた」 「……お前な、今度『おじさん』扱いしたら身投げのシーン、本気でやらすぞ」 「野沢監督作品で死んだら、本当に『奇才』じゃなくて『気違い』扱いになるよ」 「前に死ぬ役が上手くできんから『できないなら本当に死ね!』って怒鳴ったら降りたな。…見なくなったが本当に死んでないか不安になったじゃないか」 「あははは!野沢監督なら言うね。慣れてないと死ねかもよ?」 「………お前、今、いい恋愛してんだろ?」 「よりが戻った、かな?」 「良かったな。あのままだったら、俺がもらってやるしかないと思ってたぞ。お前理解できんの俺くらいだからな」 「そうだね。…貰い手なかったら、貰ってね」 「『おじさん』が貰ってやる」 「根にもたないでよ」 本当に、私を理解してるのは多分、野沢監督だと思った。 私と野沢監督は演劇していく上で、お互い認め合えるパートナーだと思う。 だから、私は野沢監督の作品は役さえあれば出続けるつもりでいた。 多分、監督もそうだったんじゃないかな? 唯一監督が認めてくれた女優。 これが遺作になるなんて、思わなかった。 『脳溢血』 誰にも気づかれないまま、自宅でたった1人で逝ってしまった。
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