un―アン―

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 すぐにストーカー男の後をついていくのかと思いきや杉山さんは、車に戻り運転手に指示をだし、おそらく菓子折りがはいっているであろう大きさの袋を後部座席から取り出すと窓をノックして車を発進させた。といってもすぐ隣の元空手道場の庭までのほんの少しの距離なので、エンジン音はすぐに消えたが……。  そしてそのまま戻ってきた杉山さんは、無残に落ちているバラの花束を抱え上げると歩を進めた。  不意に現れたストーカー男を警戒するという非常に正しく常識的な行動を取っているはずなのに、一人だけ空回っているような疲れと呆れと理不尽さに「もうなんなの……」と頭を抱えながら、一連の杉山さんの動作を色褪せた瞳でなんの感慨もなく見ていた私にむかって、杉山さんは、おじいさんというにはその所作も外見もあまりにもシュッとしていて似つかわしくないが、好々爺とした暖かな微笑をむけながら喋りかけてきた。 「真琴(マコト)ちゃん、こんばんは。大きくなったね。  あぁ、もうすっかり大人の女性、マダモアゼルですから『ちゃん』もこんな言葉遣いも失礼ですね。  お元気そうで何よりです」 「え、あ、そんな……。えっと、その、ありがとうございます」
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