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「……気づくと、その赤子はすでに冷たくなっておったそうな」
そう言って、仁左衛門は九十九本目の蝋燭を吹き消した。辺りの闇が、またしんと深くなる。すでに、残った蝋燭は一本。
「な、なあ、もうやめにせぬか」
仁左衛門の対面に座った権兵衛が、青い顔をして言った。
「百物語の百話目を話し終えると、青行燈という怪異が現れると言うぞ」
「ふむ」
仁左衛門は顎の無精ひげをさすり、
「して、その青行燈とはいかなる怪異なのじゃ」
「それがよく分からぬのよ。わしもいろいろな文献を読んできてはいるが、青行燈に関して詳しく記したものはない。一説によると鬼女とも蜘蛛の怪異とも言われておるが」
「そう言われると、ますます興が湧くではないか」
仁左衛門はにやりと笑う。
「大体、何が起こるか分からぬと言うなら、そのように怯えることもあるまいて」
「それは逆であろう。何が起こるか分からぬ、というのは、すなわちその怪異を見た者が誰も生きていないということではないか」
「まあ、そうかもしれぬが」
と、その時、びゅうと風が鳴り、障子を揺らした。
「ひ、ひいっ」
「ただの風よ」
おおげさに驚く権兵衛に、仁左衛門があきれたように言う。
「そこまで怖いと言うなら仕方ない。今日はここでやめにしようか。その代わり、次の酒代はお主がもつのだぞ」
と、その時。
どこからか。
ちっ。
という舌打ちの音がした。
続いて、
「あな口惜しや……」
そんなつぶやきが障子の向こうから聞こえた。
硬直する二人。先に硬直から脱した仁左衛門が障子をがらりと開けたが、そこには誰もおらぬ。
ただ、びゅうびゅうと風が鳴るばかりであった。
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