価値ある男

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お前は無価値だと罵られる毎日にとうとう耐えられず田村竹蔵は会社を退職した。20年間休まず働いてきたが、要領の悪い竹蔵は上司には舌を打たれ同僚と後輩に陰口を叩かれるのが常であった。 竹蔵は怒りを覚える程にうんざりしていた。上司にでも、会社にでも、はたまた社会にでもなく、自分自身にだ。竹蔵は見目が悪かった。頭も要領も悪ければ運動だってできない。そのせいか性格も陰気で学生時代はよくいじめられたものだった。両親は人並みの顔に生まれた2つ下の妹ばかりを構い、竹蔵のことを嫌な目で見るばかりだった。早く出て行ってくれないかしら、と母が父に漏らすのを聞いたこともある。妹も竹蔵の存在を恥じているようで、兄の存在をひた隠しにしていた。小学生から妹と会話を交わした覚えはない。家族にだってそんな扱いを受けていたのだから勿論友人など生涯存在したことはなく、恋人など以ての外だった。それでも生きていたが、お前は無価値だ死んでしまえといよいよ死を望まれてしまったのを切っ掛けに退職したのだった。会社を出てあてもなくふらふらと歩いていると、電柱に貼られている薄汚い紙が目にとまった。そこには「価値ある人間になりませんか?」という文言と共に手書きの地図が記されていた。いかにも胡散臭いが、こうやって目に留まったのはその内容が竹蔵の求めていたものだったからに違いない。丁度自分の無価値さにうんざりしていたところなのだ。これは神のお導きなのではないか。竹蔵は神を信じたことなどなかったがそう確信して、電柱から紙を外すと地図の場所に向かった。 そこは立派な、しかし古びれた廃墟のような屋敷があった。もしかしたら悪戯だったのかもしれないと思いつつ、竹蔵はやや乱暴にドアを叩いた。するとすぐさまドアが開いて、汚れた作業着を着た若い男が出てくる。軽薄そうな笑みを浮かべる男に、竹蔵はいよいよ悪戯かと肩を落とした。 「悪戯ではないですよ」 と、男はまるで竹蔵の心内を呼んだかのように言葉を発した。竹蔵ははっと顔を上げる。 「まあとりあえずお上がりなさい」 男に導かれて竹蔵は屋敷の中に入った。屋敷の中も外観同様古びていて、だからか、変わった匂いが充満していた。
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