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弘平がこの瑛旺学園を選んだのは、親が勧めてきたということと単に自宅から近く通いやすい、という簡単な理由からだった。
将来についてはまだ何も考えていなかった。とりあえず大学に行ければいいや程度のイメージだった。
ただ一つ、この学園に入学するのには問題があった。
この瑛旺学園では普通の学力を問う入学試験を行っていなかった。
学園の名前に合わせたわけではないだろうが、AO試験を行っていたのだ。
自分が今までに打ち込んできたこと、熱い思いを持っているものを説明するというが試験内容だ。
内容は自由ときている。
弘平は中学の成績はまずまずだったので学力試験ならすこしは自身があるのだが、AOとなると何を主張したらいいか悩んでいた。
部活動に打ち込むでもなく、趣味にどっぷり嵌まり込んだというわけでもない。そもそも趣味と呼べるものは無かった。
結局、小学一年から中学三年までに自分一人で出かけた場所とその場所に関して図書館で地道に調べ、毎年の夏休みの自由研究としてまとめていた資料を、段ボール箱3箱を台車で持ち込んで説明した。
もちろん合格に絶対の自信を持てるような内容ではなかった。
だから、もし不合格になってもしょうがない程度の軽い気持ちで試験に望んでいた。
ヘアスタイルが狼のたてがみのようなウルフスタイルの面接官は、片肘をついていたが真剣な眼差しで弘平の説明を聞いていた。
そして面接官は最期に、こう尋ねてきた。
「出かけた時、楽しかった?」
内容の説明には気をつけていたが、そこに感想はほとんど無いことに気付かされた。
そういや何でこんなこと始めたんだっけ?
父親が小学一年の時に高尾山に連れて行ってくれたのが最初だっけ。
その後他にも連れて行けってねだったけど連れて行ってくれなくて、しょうがなく一人で出かけたのを思い出した。
弘平が想い出に浸っていると、面接官が繰り返した。
「どうだった?」
弘平は、その時の気持ちを思い出し、元気よく答えた。
「はい!とても!」
結果はこの通りで、運良く合格できた。
AOの結果の総評みたいなものは貰えないらしい。
だからどうして自分が合格したかがはっきりとはわからなかった。
ただ、印刷された合格通知に手書きの文字が書き加えられていた。
”あなたのような人にも集まって貰いたく、学園を作った”と。
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