赤い花瓶

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「ねえ、やっぱりそうなんだ」  隣の席の四里(より)に囁いて、後ろを振り向いた。  そこには、教室の後ろの席に誰かが花をさした赤い花瓶が置かれていた。  昨日の夕立で、利根川が氾濫したと聞いた。その利根川で人が溺れているとも。  その溺れた人は、うちの学校の生徒だと知ったのが今日の昼頃。  四里は声を落として。 「そう。あの江川さんよ」  クラスでは、どうやらいじめにあっていたのではと噂されていた江川さん。  いつも、上履きがないの。ノートが破かれていたけど。筆記用具が床に落ちて壊れてしまったなどと、泣いていた色白の綺麗な顔は私も覚えていた。  静かな窓際の席で、今日は自習だと先生に言われていた。私はふと思うところがあった。  外のどんよりとした曇り空が、何か得体の知れない雰囲気を醸し出し、先生は職員室で震えているのだろうか?  クラスの生徒たちは無気味なほど真面目に自習をしている。 今日は誰とも話していないが、みんなは江川さんが亡くなったことを知らないのではなくてただ単に、私たちには無関係なのだときっと信じているのだろう。 「ねえ、あれ江川さんじゃない?」  教室の窓の外。ここは二階だから校庭がよく見渡せる。  見ると、赤い傘をさした江川さんらしい人物が昇降口へと歩いている。  赤い傘。高価そうなその傘は、このクラスでは江川さんしか持っていなかった。    これで何回目だろうか?  私の知る限り。    四回目だ。    最初はいじめを苦に自殺したのではと噂されていた。遺体も見つからず。行方不明となった江川さんの家族が捜索願を出すほどの騒ぎだった。    二回目は先生の目の前で車に轢かれて死亡したと聞き。    三回目は旧校舎で首吊り自殺をしているのを、学校の生徒が見つけた。    そして、これが四回目なのだ。  江川さんは死なない。  死ぬのが嫌なのだろう。  最初は怖がっていたクラスのみんなは、三回目から段々と無関心になっていった。  ふと、後ろの席を見ると、赤い花瓶が倒れていた。  四里が口を開けて青ざめていた。  私の方へパクパクと口を開閉して、何か言いたそうだった。  四里がやっとのことで指差す方を見ると、そこには赤い傘をさした江川さんが私を白い目で睨んでいた。  雨で濡れたその姿は前と変わらずにあった。  そう、江川さんをたぶん殺したのは私と四里だ。
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