2/5
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 妻がタンスの引き出しを開け閉めして、動かない私に代わって出張に必要なものを次々取り出していく。 「夏は家族と過ごしたいんだよ」  私はそれを受け取ると、確認せずにボストンバックへ詰めていく。 「二泊の出張ぐらいで感傷的にならないでよ。昨日の晩、あなたが出張の話を切り出してから、雅史の様子が変なんだから」 「具合でも悪いのか?」 「具合じゃなくて、あなたの態度」 「態度?」  話題にしたのは、夕食のカレーライスを三口ほど食べた時だった。  息子は今年で五歳になる。親バカと言われるだろうが、やんちゃで利発な子だ。 「いつもと同じだったろ」 「早々と話題を切りあげたじゃない。余裕がなかったわ」 「そうか? 出張に行くだけの話だし、あんなもんだろ」 「目を合わせずに早口で最低限のことだけ伝えてそれっきりが普通?」  妻から笑みが消えた。 「理由はわかっているから隠さないでほしいの」  妻が真っ直ぐと私の目を見つめてきた。 「多分、夏だからだよ」  私は妻から目を逸らした。  「多分」とつけたのは認めたくないからだ。夏と出張がセットになると、私が長年抱えてきた癒えることない心の傷が疼いてしまう。 「あなたはあなたのお父さんじゃないわ。あなたはあなたなの」 「……わかってる」     
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!