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妻がタンスの引き出しを開け閉めして、動かない私に代わって出張に必要なものを次々取り出していく。
「夏は家族と過ごしたいんだよ」
私はそれを受け取ると、確認せずにボストンバックへ詰めていく。
「二泊の出張ぐらいで感傷的にならないでよ。昨日の晩、あなたが出張の話を切り出してから、雅史の様子が変なんだから」
「具合でも悪いのか?」
「具合じゃなくて、あなたの態度」
「態度?」
話題にしたのは、夕食のカレーライスを三口ほど食べた時だった。
息子は今年で五歳になる。親バカと言われるだろうが、やんちゃで利発な子だ。
「いつもと同じだったろ」
「早々と話題を切りあげたじゃない。余裕がなかったわ」
「そうか? 出張に行くだけの話だし、あんなもんだろ」
「目を合わせずに早口で最低限のことだけ伝えてそれっきりが普通?」
妻から笑みが消えた。
「理由はわかっているから隠さないでほしいの」
妻が真っ直ぐと私の目を見つめてきた。
「多分、夏だからだよ」
私は妻から目を逸らした。
「多分」とつけたのは認めたくないからだ。夏と出張がセットになると、私が長年抱えてきた癒えることない心の傷が疼いてしまう。
「あなたはあなたのお父さんじゃないわ。あなたはあなたなの」
「……わかってる」
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