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実際にこの場所が魔物の侵攻を受けたとしても中の勇者が黙ってはいまい。
壁どころか堀の手前で、魔物はただの物言わぬ肉塊に変わるだろう。だからか、ミケは比較的のんびりと歩けていた。
呼び出しを受けるまでずっと、堅固な守りとはほど遠い村や町についていた。
最近は石壁の建造を助けたり、魔物を討伐したり、魔法で人を助けたりと忙しくしていた記憶しかない。
頬を撫でる風を感じる余裕が、まだ自分に残されていたんだなとミケは自嘲気味に笑った。
○
正門の壁上で見張りをしていた者がミケの姿を認めたのか、すぐあとに下にいる人々に大声でなにかを叫んでいるようだった。
まだミケは橋のたもとへ着いたわけではなかったが、見張りはミケの到着にあわせて城門を開けるつもりなのだろう。
要塞の正門を開けさせるのにも十数人の人手と労力が必要だ。
まずは堀にかかる橋下駄をおろし、丸太を束ねた厚い正門を、一基六人で動かす大滑車を二基回して引き上げてようやく開く大門だ。閉じるときは手を離せばゆっくり戻ってゆくが、今度は橋下駄を同じ要領で上げるのがひと仕事である。
それも手間かと、ミケは勇者なりの方法で壁をこえることにした。
「橋はおろさなくていい。私がそちらに飛んでいく」
大声で見張りの者へとそう伝えると、彼は遠くからでもわかるほどに口をあんぐりと開けて手に持っていた弓をぽろりと落とした。
壁の中がわずかにざわついていることに、ミケは少し苦笑した。
――見せ物ではないのだがな。
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