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中庭の櫻の下でぼうっとしていたわたくしに、誰かが声を掛けてきました。振り向くと、ベルタル夫人の隣に見知らぬ青年が立っています。どれだけ成長しようと見間違うはずがありません。甘やかに、そしてどこか人を魅了する青年は、ファルファでしかありません。彼がおじいちゃんになっても、わたくしにはわかります。胸元を見れば、彼の櫻はまだ死花を散らしておりませんでした。何故でしょうか、とてもホッとしたのを覚えています。
「ルルねぇ、僕がわかる?」
「ファルファ、どうしてここに?」
「明日からディヒテントス学園の生徒なんだ。船で来たものだから、入学式に遅れてね。まさかルルねぇがいる下宿だなんて驚いた」
「私もよ。元気にしていた? 病気してなかった? あ、そうだ! お腹空いてない? 偶然、あなたが好きだった柘榴パイを作ったばかりなの。お庭でお茶でもしながら、あなたのお花しを聞かせてちょうだい」
「ルルねぇ、僕は今越してきたばかりだ。少し寝かせてよ」
「そう……そしたらちょっと休まないといけないわね……」
「冗談だよ。泣きそうな顔しないで。もっと泣かせたくなっちゃう。ルルねぇの顔を見たら疲れなんてどうでもよくなった。ねぇ、僕お茶にお呼ばれしてあげる」
「今日の柘榴パイは焦がさなったわ」
「ルルねぇは、まだ料理が苦手なんだね。焦げたパンケーキの味が懐かしい」
午睡のまどろみに抱かれ、櫻に降られながら、わたくしたちはお茶と柘榴パイによって昔花しに花を咲かせました。私たちの周りのシロツメクサだけが咲き始めたのも、そんな理由からです。
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