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関西の某国定公園で有名な「市」が、まだ「町」であった頃。
現在でも有名な高級住宅地の一角に、男が妻と住んでいた。
その男は金貸しであった。肩書きは問題ではない。問題はそのやり口が凄まじく非道で、多くの人間が人生を狂わされたと。
男は紳士然としていたが裏の顔はどこからともなく漏れ、周辺でよく思う者はいなかった。
その男の暮らしが変質し始めたのは、住宅地に住んで数年目くらいだったか。
広い屋敷なのに夫婦の他は子供もなく。お手伝いの老女が一人いるだけ。その筈なのに、時折、複数の怒号や悲鳴が近所に響いてくる。
その内の幾つかは住人のそれなのだが…どう聞いても、そこにいない筈の老人、若い男女、また子供のそれもまじっている。中には、気がおかしくなるような笑い声も!
ゲタゲタゲタゲタ
…と。
訪問客? いや、主人である男は極端な客嫌い。本業は全て別途に設けた店舗で行っていた。なら、これらの声は何なのか?
当の男は近所の目を避けるように、屋敷ふかくひきこもる。
それまでは表を掃除する妻の姿も見られたのだがーー声が聞え始めてからは、こちらもぱったり途絶えた。
たまに幽霊のようにフラフラ通用門から出てきては、虚空を眺めている。口の端によだれを光らせ。
近所の人間が声をかけても上の空。いや、やっと口を開くと、こう言うのだ。
「次から次へと、出てくるの…」
何のことか、さっぱり分らない。
しかし…
お手伝いの老女は、それから間もなく逃げ出したらしい。中にいる筈の男は長く姿を見せない。
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