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序章 生まれた街
ニヤリと笑っている女が目の前にいる。
隣に座った美しい芸妓姿の妹が泣いている。
ニヤリと笑った女は私にこういう。
「私があなたを産んだことが間違いだったのね。私の思い通りにならない人間なんて不要だわ。」と。
悪夢は繰り返され、今日で幾夜過ぎたことか。
私の鬼門は絶対に家族だ。
そう思ってベッドから身体を起こした。
歯をずいぶんと食いしばっていたのか、心持ち顎が痛く、身体に相当な力をこめていたのだろう。
筋肉は硬直し、うっすら冷や汗をかいていた。
蒸し暑い夜。
「なぜいつも自分は生きづらい方ばかりを選ぶのだろう。」
ため息をついてベッドを出た。
カラカラに渇いた喉は、自分の生きている意味に自信がないことを表す言葉が
見つからない私に、これ以上、もうなにも言うなと言っているかのようだった。
気を取り直して、冷蔵庫から水を取り出しソファーに座った。
いい加減、あの日から10年。運命に裏切られて10年。それでもまだ、尚終わらない今にイライラし、そして、いつまで自分が頑張れば終わるのか。と思い続ける日々にただ疲れている自分に気づかぬふりをすることが私はだんだんできなくなっていた。
その仕返しがあの言葉だった。否仕返しではない。本心でそう思っているのだろう。もう慣れている。そう思っていたはずだった。思いの外引きずっている自分を自嘲気味に笑った。
あの時もしも、それから逃れていたら、私は普通の女だったかもしれない。
いまでもそう思うが、その時の私は舞妓さんにならなければいけないと散々周りから言われて育ってきた。
舞妓さんになるのだと信じていた、あの頃のいたいけな私はもういない。
街を飛び出して、すべてを捨てて生まれ変わった?
生きている。
いや、生きながら死んでいる。
私はそこで、自分を捨てた。
昨日までの私はもういない。
母の手を探していた幼い私
愛されようと頑張った自分はもういないのだと
ただ復讐の為に生きる私はいらないから。
何も知らない方が幸せかもしれないけど、知らずに生きてもきっとどこかで知りたくなる。
そんな自分を私はなんとなく知っていた。
寂しがりで、さみしいひとのほんの気まぐれ。
それでも人だから。愛されていたかっただけ。
寝覚めの悪い夢だった。
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