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雨が、降っていた。
元来、鮮やかな朱色に輝く橋の欄干さえ灰色に鈍く染まるは深い夕闇ゆえか、あるいは、立ち込めてきた濃い雨煙ゆえか。
橋の上にて対峙する二つの人影。
見上げんばかりの大鬼と、若き陰陽師。
顔に落ちた雨粒さえ瞬時に大気と化すほどの熱気に包まれ、双眸を向け睨み合う。
平安の都を騒がす人喰い鬼、金色羅刹。
その体毛は黄金色に輝き、月明かりさえ届かぬこの夕闇の中ですら妖しく光り輝く。
毛髪から、はてはその脛の毛に至るまで流れるような流線を描くその体毛は貴族が駆る駿馬のそれよりも遥かに美しく、煌びやかで、そして艶めかしい。
追い詰められたとは言え、依然堂々と橋の中央に仁王立ちするその巨体からは神々しささえ感じられる。
一方、対する陰陽師は未だあどけなさが残る少年。この大鬼をここまで一人で追い詰めたとは到底思えぬ痩身である。
だがその瞳は赤く燃え、一見、女かと見紛うその顔立ちは怖気が立つほどに麗しい。
長い長い睨み合いが続く。
やがて雨足も強くなり、ひぐらしもその合唱を終えた頃合に、不意に少年が凛と透き通る声を上げた。
「観念せよ、金色羅刹。潔く黒に戻るやよし、さもなくば我が手において滅封してくれよう。未来永劫、煉獄の炎にその身を焼かれるがよい」
そして威嚇するかのように、胸の前で印を結ぶ。
それを見た大鬼は嘲るように言い返す。
「成程のう、ようやく合点がいったわい。ぬし、裏平の手の者か。陰陽裏の陣・三線星、手の内を見せたぬしに今さら勝ち目なぞ微塵もありゃあせんぞ」
大気を震わせ鼓膜を切り裂くかのような鬼の大声に、じりじりと陰陽師は後退る。形の良い額からつと汗が垂れる。
しかし、その瞳から迸る生気までは失われていない。
「やってみなくばわかるまい。貴様の鬼力と我が闘気、どちらが勝るか試してみようぞ」
「面白い。面白いのう、小童よ。帝に飼い慣らされたウラダイラの外道めが、やれるものならやってみるがよいわ」
そして互いの放った『気』が、雨に濡れた橋の上でぶつかり合う。
それらは火花を散らし合い、轟音を轟かせ、畝り、波打ち、飲み込まんと鎌首を持ち上げ、喉元を喰いちぎらんと牙を剥く。
その刹那、平安の都は昼間のような明るさに包まれたという。
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