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やがて、それぞれの『気』は与えられた力を使い果たし、色とりどりの光を放ち霧散した。辺りに再び、静寂が戻る。
陰陽師の少年は、あたかも全身を鈍器で打ちつけられたかの如き激痛に耐えながら前方を見据える。
押していた。だが、封じたという手応えは無い。
先程まで鬼がいた場所には、ただ、どす黒い穴が渦を巻いて虚空に漂っているのみであった。
「おのれ、時空を超えたか。未だそれだけの力を蓄えていたとは」
苦々しげに呟く。
ひとまず目の前の脅威が去ったことに安堵し、気を抜けば膝から崩れ落ちそうになる。だが歯を食いしばり、彼は、虚空に開いた穴に一歩、また一歩とにじり寄っていった。
未だ歪みは開いている。
飛び込めば、追える。
彼は懐から一枚の純白の紙を取り出すと、雨に濡れぬよう慎重に、未だ震えの収まらぬその細い手指でもって、紙を額に押し当てて念じる。
「帝に伝えよ。“これより手負いの鬼を討つべく時を駆けるなり”」
そしてその紙に自らの薄桃色の口唇を重ねるやいなや、紙は一羽の白き鳥へと姿を変え、都の方面へ音もなく飛び立った。
暮れなずむ逢魔が時、辺りに響く虫の声。
いつの間にか陰鬱とした生温い雨は上がり、蒸れた大地の匂いが鼻腔を支配する。
深まりゆく黄昏に包まれ、少年は、深く息をついた。
ここで勝負を決められなかった己の未熟さを憂いつつも、その瞳からは未だ光は失われていない。
想定内だ。打つ手は、まだある。
時を駆け、鬼を討つ。
「追う」という手間がひとつ増えただけに過ぎない。だが己の甘さが招いた、これから起こり得る混乱を予測し頭を垂れる。
「とりあえず、戻ったら始末書の書式でもダウンロードしておくか」
少年陰陽師はそれだけ呟くと、虚空に開いた漆黒の闇の中へとその姿を消した。
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