ヨシフミ

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「若い時分のお祖父ちゃんに似てるなぁ」  私が小さいころ、父の実家に連れて行かれたとき、向こうの年寄りたちによく言われたセリフだ。  祖父は和歌山の小さな農村でミカンを栽培していた。次男だった父は大阪の会社に就職し、転勤で東京へ。そこで私は生まれた。  孫と似ていることについて、祖父がどう思っていたのかは定かでない。私が物心つく前に脳梗塞を患ったからだ。幸い手足に後遺症は残らず動き回れるまでに快復していたが、思うように話せなくなっていた。本人は意思を伝えようとするのだが、それはあーとかうーとか意味のなさない言葉でしかなく、幼い私はどう返答すればいいのか困惑したものだ。それに対して大人たちは手慣れたもので、はいはい、そうだね、などと会話をしていたが、今思えば適当に相槌を打っていただけだろう。  そんな状態だったから、長じるにつれてあちらに赴く頻度も減り、祖父と会うこともなくなっていった。私の結婚式にも呼ぶことはなかった。5歳になる息子は彼の顔も知らないはずだ。最近は体調を崩し、介護施設に入ったと父から聞いていたが、とうとう亡くなったらしい。疎遠になっていたとはいえ、葬儀くらい出ないわけにはいかない。妻は仕事を休めないと言うので、息子・ヨシフミを連れて和歌山に向かった。  通夜振る舞いの席、当初はしんみりとしていた場の空気も、お酒が入ることで和やかな雰囲気になっていた。みなが祖父の思い出話に花を咲かせるうち、伯母がそうだわと言って傍らに置いてあったそれを手に取った。 「これ、おじいちゃんのアルバムなんよ」 「見せて!」と従姉妹が手を上げた。  彼女の手に渡り、古びた革の表紙が開かれた。その瞬間、「え?」と言葉を詰まらせたかと思うと、その視線が私に向いた。 「なんだよ」  それには応じず、彼女は隣に座っていた私の父にそれを見せた。 「はぁ~」と感心した風に言いながら、彼の視軸もこちらに向く。 「だからなに?」 「見りゃわかるよ」  意味ありげに笑った父は、開いたままのアルバムを寄越した。
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