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 敷地内で轟音を立てて動くアスファルト舗装転圧用のローラーを見つめながら、智士は入口に設置されていたガードフェンスを取り外した。  いつもこの場所に立って現場を見ていた掛川の姿を思い出し、ふっと口元を綻ばせた。  掛川が設計し、智士が現場監督として担当したワンルームマンションの工事が間もなく終わろうとしていた。  縁石や敷地を囲むフェンスの設置、駐輪場の屋根工事も終わり、今は駐車場の舗装工事が行われている。  ここまでくれば仮囲いとして設置したフェンス類は不要となる。それをトラックに積み込みながら、智士は春の息吹を感じる風に胸を躍らせた。  今はもう撤去されてしまった現場事務所で互いの想いを通わせた夜から、智士と掛川の関係は大きく変わった。  幾つかある設計者選定方式の中で、掛川の参加するコンペ方式は具体的な設計案を作成しなければならないために、設計者側としては手間も時間も費用も掛かる。しかし、過去の経緯や実績は問われないというメリットがあるため、再出発を決めた掛川にはもってこいの案件だったと言えよう。  しかし、彼の負担は智士の予想をはるかに超えていた。彼の事務所――アーキテクト・ケイのスタッフは舞子しかいない。構造や積算、完成パースを外注に出したとしても、その基になる設計は掛川一人の作業となる。  徹夜続きの日も続いた。智士は現場での仕事を終えると、すぐに掛川の元へ向かい、自分に出来ることをした。  舞子の代わりに食事を用意したり、風呂の準備やいつでも睡眠がとれるように毛布の準備をしたのだ。  時に、疲労した掛川は変なテンションのまま智士を寝室に連れ込み、共にベッドでむつみ合うこともあったが、あの夜断言した通り、掛川は智士を最後まで抱くことはなかった。  互いに全裸になり肌を合わせ、昂ぶった欲望を扱き合ったり、智士にとっては初めての事である男性への口淫も経験した。  もちろん、掛川は男性との経験のない智士に対して優しく接した。疲労困憊で睡魔に襲われてもおかしくない状態でも、智士の事を一番に考えてくれた。 男同士でも普通に愛し合う事が出来る。愛しい者だから出来る事――智士はそう実感した。  コンペに参加するということは、ウォーミングアップもないままいきなり走り出し、気が付けば息を切らしながらゴールしていた。
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